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12.18(THU)より 東京芸術劇場中ホール 他
僕も個人的に大好きな劇中の曲「子供が出来た」を、音楽監督でもある高田浩さんが演奏されています
umainu(c)yoji fukuyama
12.18(THU)より 東京芸術劇場中ホール 他
僕も個人的に大好きな劇中の曲「子供が出来た」を、音楽監督でもある高田浩さんが演奏されています
umainu(c)yoji fukuyama
東証の株価の動きは、数時間前のNYDをそっくりコピーしているかのごときである。しかもデフォルメを加えて。NYDが上がれば少し上げ、NYDが下がればよりいっそう下がる。まぁ、NYも東京も株を商っている連中が同じ人間たちなのだろうから、そっくり同じ動きになるのは別に不思議でも何でもない。単に情け無いだけの話だ。
僕の高校同級生の会社など、株価が昨年最高値の1/20まで落ちてしまい、大型スーパーのポイント程度だった配当率もそれに反比例して20倍というサラ金並みの高利率になっている。PBRに至っては1/5以下である。今の景況感からすれば、次の決算が良いはずもなく、PERもPBRも数字が大きく変わってくるだろう。こんな高配当だって出せるわけもなく、まずは減配、もしかしたら無配ということも起こってくる。つまり、実体経済のほうが株価に近づいてくるわけだ。株価によって先取りされた不景気予想がより現実化するということである。
僕の保有する株も、しばらくは「PBRからして、いくら何でも下げすぎだろう」だったのが、今や紙屑のような株価こそが適正価格であり、誰もがその株価を「昔に較べたらタダみたい」とは感じても、それでも「安すぎる」とは思わない。今や、市場にはそういう株だらけである。
そんなわけで、我々が財布に持っていたはずの18,000円は、じっとしているだけなのに萎んでいき、今や8,000円まで目減りしてしまった。個別だと、札が消えて100円玉一個に1円玉が数個になった者もいれば、空売りで儲けて万札ぎっしりの者もいる。だが、財布の中身は平均8,000円であり、18,000円じゃなくなったことには変わりない。デリバティヴにせよ、空売りにせよ、他人の財布を奪おうとしても、もう8,000円しか入っていないのである。そりゃもう景気が良くなるわけがない。
(更に書く)
僕の担当するコースの学生ではないが、就職が内定していた会社が倒産したという。卒業までにいくらか時間を残しているので、勤め始めた途端に倒産するよりはまだマシかなとは思うが、いずれにせよ気の毒ではある。あくまで推測に過ぎないが、会社の経営状況から推して「貸しはがし」ではないかと。
フィットネスクラブで時々会うダンディでハンサムな年配のおじさんがいるが、このところ銀行通いが続いているんだと。詳しくは訊かないが、会社を経営しているような口ぶりなので、銀行へは当然資金繰りというわけだ。「なかなか銀行は貸してくれないからねぇ」と。
冷凍庫の中がいっぱい!
食いしん坊だから、ついつい食べたいものを買っては冷凍庫に放り込む。牛肉好きのつれあいもたまに買ってきては放り込むからギチギチになってしまった。これで一昼夜停電などしたら、すべてアウト……というか、片っ端から調理して食べるしかなくなる。まさに、文明の脆さを冷凍庫が示すことになる。
☆
「マドモアゼル・モーツァルト」の主要人物のイラストをやっと描き終わった。当初はポスターというお話だったので、気合いを入れて時間の掛かる絵画的なタッチで描き始めた。それが急転直下、パンフレット用のそれになり、アニメのキャラクタ表のように、キャラクターを別々に描くという仕事に変わった。イラストがどう使われるか知らないが、だったら、あのサイズだし、ここまで細かいタッチの絵でなくても良かったような気がした。しかし、そのパターンでスタートした以上もはや後戻りが出来ない。
で、今日、とりあえず要求通り主要キャラ8人(モーツァルト、エリーザ、コンスタンツェ、サリエリ、カテリーナ、フランツ、パパゲーノ&パパゲーナ)※を描いて送った。えっっっらい時間が掛かってしまった。しかも、まだ描かねばならないキャラは残っている。なんだか、自作にこき使われているような……。
※おっと、シカネーダーを入れて9人でした。
モーツァルトには泣きのツボがあると先日書いたが、荒井由実時代のユーミンがHiFiセットに提供した「卒業写真」も僕には泣きのツボがあって、「そうつぎょお〜しゃし〜んのあの人はぁ〜」とせり上がっていく次に連なる山場(サビメロ)への予告ともいうべきあのメロディのところを歌ったりすると、なぜか必ずといっていいほどウルッと来て音程が乱れる。こちらの場合は、あのセンチメンタルな歌詞にあるのだろうが、あのメロディも関係していないことはないだろう。
そう思って傍らのピアノを鳴らしながら軽く歌ってみたが、今は全然ウルッと来なかった。歌ったんじゃなく、“検証”したからなのだろう。
というわけで、昨日、学校で卒業写真を撮ってきた。(というふうに話が繋がる)
写真撮影の日がたまたま僕の出講日と重なったので僕も前列に収まることになったわけだが、実に高校卒業以来の出来事であった。ちなみに、卒業生(予定)の多くは一部を除いて、高校を卒業したのがつい1年と7ヶ月前である。ノートで言えば、まだほんの使い始めで、空白ページがたくさん残っている。どういうストーリーを書き込んでいくのか、プロットの組み合わせは無数にある。もちろん、楽しい未来ばかりであるはずもないけど、まぁでも、まだ色々と将来の可能性を模索する時代は当分続くに違いない。
もちろん、その大量の空白ページをこの先どうやって埋めていくのか、いかにも生きていくのが大変そうな学生も中にはいる。体を鍛えることは比較的簡単だが、心を鍛えるのはなかなか難しい。親が元気なうちに、少しずつ世の中に適応していくしかなかろう。
今日明日と、もう非常勤講師の日がやってきた。
「週休六日〜」の締め切りもとうに過ぎてるし、「マドモアゼル・モーツァルト」のイラストもまだ出来上がらない。というより、まだ大勢のキャラクターが出番待ちの状態だ。
来週は高尾山と結婚式がある。もちろん、週刊ダイヤモンドの締切もある。公私、半公私、入り乱れて休む間がない。フィットネスに行く余裕も少ない。
まさしくビンボー暇無しの感あり。
(とりあえずここまで)
届いたのは次の二冊。
・M.C.エッシャー著「無限を求めて/エッシャー、自作を語る」(板根巌夫訳/朝日選書)
・西尾幹二著「GHQ焚書図書館開封/米占領軍に消された戦前の日本」(徳間書店)
このブログの「アクセス解析」というサーヴィスに「国別アクセス」(訂正:「国・言語」)という項目がある。日本国内のアクセスが90%以上と圧倒的だが、細々とながらほぼ毎日、海外からのアクセスもある。海外の在留邦人か、旅行者か、あるいは外国人そのものかそこまではわからないが、過去に下の国からのアクセスがあった。一度きりにせよ、どういう経緯でこのブログに漂着するのか、考えてみれば不思議である。
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[ca]Catalanなどは国ではなく州だと思うが、[es]Spanishとは別立てなんだな~ってこともわかったりして面白い。
寒いのは苦手だ。
……なんて言ってもしょうがないが、暑いほうがいい。
地球温暖化と地球寒冷化のどっちを取るかと言えば、もう即決で温暖化だ。
☆
ミュージカル「マドモアゼル・モーツァルト」のポスターの最終デザインが決定したらしい。結局、僕が今回描こうとしていたものはポスターにならず、僕の旧作を再デザインしてポスターにしたとのことで、その見本.jpgを添付メールで拝見した。
個人的には、今描き下ろしで描いているものを使って欲しかったなというところだが、まぁ、個人プレーのマンガと違って、組織としての思惑やら戦略があるだろうから、これ以上の言及は控える。
を受賞したというS君からのメールが、昨日つれあいの元に届いた
。S君は昨年度の卒業生で、我が家にもたびたび遊びに来る。
在学中の話だが、僕の授業の課題で描いてくるマンガはすごく面白いのに、投稿作品を描いたらまるでつまらない。そこで、「僕の課題で描くようなマンガを投稿用に描いてみよ」と指導。以来、三度入賞。もうそろそろデビューだろう。
彼は梅酒を漬けたり、パウンドケーキを焼いて持参したり、スペインを街から街へ何十日もただひたすら歩き続けたり、料理や野菜栽培のノウハウを僕に熱心に訊いてくるなど、、若い男とは思えない方向性があって、それが彼の作品のユニークさに繋がっているのだろう。たぶん。
近日、ミシュランお勧めの高尾山に登ることにしているのだが、そのS君も参加予定で、期せずしてお祝い登山となりそうだ。さぁ、S君に![]()
奢ってもらおう、賞金で!!(笑)
いまTVをつけたら、たまたまモーツァルトの曲が流れてきた。テレ朝が教育局(NET)だった時代から唯一生き残っている“教育”番組「題名のない音楽会」で、指揮者の夢を素人さんが一瞬だけ叶えるという企画をやっていた。こういう企画では、やはり必ずモーツァルトが登場する。
というわけで、素人の指揮によるほんの曲の一部に過ぎないが、モーツァルトはモーツァルト、陽から陰へ、急から緩へ、あるいはその逆へと曲が進んでいくたびに、あまりの美しさに心が揺さぶられ、たまらず涙が溢れてくる。泣きのツボに当たるのだろうけど、いったい何なんでしょうね、このモーツァルトの曲の持つ“力”は。
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