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February 2008

February 29, 2008

株も相変わらず

上へ行ったり下へ行ったり、しかも、激しく。
金融というのは動かしてナンボのゼロサムゲームだから、あちこちのマネー本舗が相当荒稼ぎしていることだろう。損ばかりしている日本は、金融資産をだいぶ減らしてしまったのではなかろうか。郵貯の資金もいずれは世界に流出する。このままだと、気がついたらいつの間にやら貧乏国になっていそうな我がニッポンだが、まぁ、気がつかなければいいだけの話かもしれない。何事も徐々に慣れていけば、気がつかないものだから。

新興市場株も、どん底の長い闇から一向に抜け出す気配がない。新興が生き残るためには事業を拡大しなくてはならないが、株価も低迷したままなので、どうしてもファイナンスの問題がつきまとう。銀行からの今以上の融資が難しければ、CBを発行するしかなく、それが需給を悪化させ株価を更に押し下げる。悪循環である。拡大した事業がうまく軌道に乗ればいいが、そこそこでしかなければ一巻の終わり、会社のこれ以上の存続も難しくなる。新興にはそういう会社がごろごろある。今や新興は上場がゴールとも言われている。確かに上場時に最高値を記録したっきり、あとは下がる一方で二度と這い上がれない新興株は多い。昔はソニーもホンダも新興企業に過ぎなかったが、今の新興からそうした世界的な大企業が生まれる可能性は薄い。

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講師室より

本日で僕の今年度の講義は終了。
春休みに入る。ますますヒマになるが、デッサンの集中講義をやって欲しいということなので、春休み期間中に3日ほどは出講する。デッサンの先生は他に何人かいるが、マンガを描くのに役立つデッサンということで僕がやることに。
さて、どんな授業にしたらよかんべか?

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February 28, 2008

重量級書籍

AirMacExpressを買ってみた。
もし無線LANの中継、つまり無線範囲を拡大出来るのであればと思っての購入。先月末に、ビックカメラのWeb店に注文したら、アップルにも在庫が無く、昨日やっと届いた。

が、実際、AirMacExpressがどういう製品なのか、実はよくわからない。アップルのサイトの製品説明をいくら読んでも、なんだかよくわからない。iTunesの曲をステレオに飛ばしたり、無線LANが出来るらしいが、既設の無線LANとの関係はどうなるのかがよくわからないのだ。現物が届いたので、いろいろ試すしかないのだが、昨日はヒトコマの締切の日で、しかも学校関係の飲み会があり、箱から取り出しただけで終わり。いじるのはこれからということになる。

学校関係の飲み会とは、広報やら事務方やら教員やらといった学内のそれぞれ違うセクションで働く同士の情報交換会といったものだが、まぁ、どっちみち最終目的はわいわい飲みたいといったところだろう。なので、非常勤の僕には何の関係もない会なのだが、つれあいがどういうわけかいつも幹事を任されるみたいなので、「来る?」と言われると、ビールの匂いに釣られやすい僕のことだから、のこのこ参加してしまうことになる。まぁ、そういうわけで、昨日は原稿をアップし終えると、寒風の吹きすさぶ中、駅までとぼとぼ歩き、久しぶりに電車に乗った。

学校関係といえば、教員には何という名目だったか、書籍などを購入するための教養手当といったものが学校から年額1万円分出る。現金で出るわけではなく、これこれという書籍が欲しいと申し込めば、学校側が購入してくれるというシステムらしい。もちろんこれは常勤だけへのケアで、非常勤の僕にはそういった資格は一切無い。ちなみに、教員用アカデミーパックも買えない。

ともあれ、せっかく買ってくれるというのなら、欲しい本を探さない手はない。つれあいも僕も教養の原点はマンガなので、そうした関心の先にある書籍を選んでいく。今回は「コクピット」(大日本絵画)に、「ロバート・キャパ スペイン内戦」(岩波書店)という2冊の写真集を選んだ。2600円ほど足が出たが、その分は自腹となる。

それまでは、「マッチラベル博物館」、「同潤会アパートメント写真集」、「レンドルコレクション/アルフォンス・ミュシャ」、「ディズニー・アニメーション/生命を吹き込む魔法」などの重量級の本を買って貰っている。

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February 26, 2008

確定申告をやらなくては

というわけで、領収書(レシート)の整理を始めたが、これをやると普段は肩が凝ることが少ない僕でも肩が凝る。しかし、最近は年々右肩下がりで収入が減っているので、納税も安く済むだろう。ただ、国民健康保険料だけは全然安くならない。毎日毎日休みなく医者に通っても、まだお釣りがくるほどだ。これでもっと歳を取って、いよいよ医者が必要になった時、皮肉にも医療費が払えなくなることも有りうる。ホームレスの人々なんかはそうだろう。彼らだって、元気な頃は目一杯健康保険料を払ってきた人も多いはずだ。しかし、いざ必要になった頃には、資格がなかったりする。


ロリン・マゼール&NYフィルが平壌で公演したというニュースを今やっている。さあ、今こそ、左翼は50年前に果たせなかった安保破棄を叫ぶべきでは?

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February 25, 2008

牡蠣の残骸

というわけで、宴の後の悲しき写真を。
たぶんこれで全部だと思うが、さて何個ある?

Oyster01

牡蠣の殻は砕いて庭土に撒けば、土壌改良になるらしいので、まずは乾燥させようとベランダの上に並べたら、あっという間に蠅がやってきた。まるで、漁港の匂いがする。

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遊びをせんとや生れけむ

昨日、宴の後の離れを掃除をしながら、ふと表題の歌(一部)が口に付いた。平安末期に編まれた『梁塵秘抄』という歌謡集に収められた歌で、全文は、

遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん、遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動がるれ

と、こんな感じらしいが、そんなことはどうでもいい。

こうした宴の準備から後片付けまでを振り返りながら、遊びの中に人生があるなぁと今更ながら思ったわけだ。今回は韓国からの留学生3人が参加した。うち二人は僕らの直接の教え子で、開催にあたって全面的に手伝ってもらった。出来れば日本で就職したいと思っている彼らが、こうした機会に日本社会の側面を学べればという目的も兼ねている。彼らは兵役があるので、学生と言っても年齢は皆25歳を超えている。以前、駅のホームから落ちた乗客を助けようとして亡くなった韓国留学生がいたが、僕らの教え子も実際そうするかどうかは別にして、まさにそうした感覚、社会性を持っている。もちろん、個人差はある。が、儒教の国でもあるので、日本の男子学生と大きく異なっているのは、そこらへんの感覚だろうか。日本の学生は総じて非社会的であり、脱力系が多い。良くも悪くも長い平和の産物だろう。

さて、自分はなんでこうした宴会を、街の飲み屋でやれば楽なのに、わざわざ自宅でやるのだろうと時々考えることがある。いくら考えたところで、これという結論が出るわけではないが、たとえば宴会を開くことのスキルアップを楽しんでいる面もあるだろう。スキルアップしたところで、それを仕事にすることは絶対にないから、純然たる趣味の類ということになる。あるいは、笑われるほどの些細なレベルながら、身銭を切ることの気持ちよさもあるかもしれない。自分でこうと決めた生き方を自分一人の空間だけで完結するのではなく、衆目を目撃者にすることで、ほっとけば自分のことにしか金や労力を使えない吝嗇でつまらない人間になりがちな自分を試す機会を得ているのかもしれない。ここらへんはすべて、お客さんのためというより自分のためであるが、いずれにせよ、遊びをやせんと生まれけむということである。

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February 24, 2008

生牡蠣パーティ、どうでもいい報告書

参加者は主催者の僕たちを含めて14人。
諸事情により参加できなかった人4人。(女性3人、男性1人)
用意した牡蠣、広島産殻付き10kg(普通サイズ100個くらい)、宮城産牡蠣(やや大粒)40個。剥き身20kg--じゃなくて2kg。
殻付きは生食。(ちなみに、あたったという報告は現時点で無し)
剥き身の1kgはクラムチャウダーに。
他のメニュー(オードブル、サラダ、パスタなど)はつれあいが、韓国料理は留学生が担当。それに、お持たせの酒や菓子など。

そんなこんなで、午後2時頃から始まり、午前2時過ぎまで、人が入れ替わりながらの宴でした。今年の春一番が吹きまくる中、ご参加くださった方、どうもありがとうございました。

ちなみに、殻牡蠣が少し残った

いつもは参加したい方は誰でもどうぞというオープン参加にしようと思っているが、今回は最初の思いつきがそうなので、クローズドな宴になった。またいつか、ここを読んでくださっている方々とわいわいやれるオープン・パーティをやりたいと思っていますので、その時は是非ご参加ください。

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February 21, 2008

明後日23日(土)は生牡蠣パーティ

wine生牡蠣を食べたいが、せっかくだからみんなでわいわい食べたら美味かろうというわけで、明後日夕方あたりから、我が家の“迎賓館”にて宴を開く予定。当初は、近所のモモちゃんたち夫妻と一緒にと思っていたんだが、つれあいが留学生を餌付け工作がてら呼ぶことになったので、じゃあってんで、いっそ僕の知り合いもということになり、だんだん規模が大きくなって忘年会のようになってしまった。

で、適当に人選してご招待メールを出したのだが、メアドが変わったのか、届かなかった人もいるし、返信が無かった人もいる。過去、牡蠣に当たってひどい思いをしたので不参加の人もいれば、もしかしたら僕のことが嫌いで仮病辞退の人もいるかもしれない(笑)。久々偶然会ったので、「じゃあ、牡蠣を食べる会やるんだけど、来るかい?」と言って来ることになった野郎もいる。友達連れてきてもいいかというので、それはダメと断った。そんなに私はお金持ちではない。(笑) というより、一般的サラリーマンにも負けてる。(笑)(笑)

そんなこんなで、一応今のところ主催者の僕らを含めて16人くらい。まぁ、もうほんの少々なら飛び入り参加も可能というところか。会費無料。ビール・酒・飲み物歓迎。よろしかったら、メールを。ただ、飛び入りの場合は、牡蠣に限りがあるので、せっかく来ていただいても「売り切れ」の恐れがあることは、前もって悪しからず。

ということで、生牡蠣は既に注文してある。数が多い広島産と、数は少ないが大きそうな宮城産のものと二種類。後者の方が高い。モノが良いか悪いか、こればかりは来てみないとわからない。あとは剥き身も買ってあるので、牡蠣のクラムチャウダーでも作ろうかと思っている。何事も無ければ、23日午前中に到着予定。
生食が苦手な方や、大当たりが心配な方には、火を通すためのバーベキュー用コンロを用意。

ここんところ株も下がりっぱなしの上、貧乏ヒマだらけの僕なので、大したもてなしは出来ないが、しかし、まぁみんなでわいわい楽しんでもらえたらということで。

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February 20, 2008

ブルートゥースの使い道

iMacにもMacMINIにもBlueToothがデフォルトで入っている。
更にiMacには昔のiPodShuffleに似たリモコンが付属品として付いてくる。これはもうリモコンのボタンを押してみれば、Front Rowというソフトが起ち上がるので、BlueToothの使い道の一つがすぐわかる。つまり、iTunesの音楽とかiPhotoの写真とかiMovieの映像などを遠隔操作するためのリモコンというわけだ。

で、今日はiMac〜MacMINI間のファイル送信をいうのをやってみた。お互いをデバイス登録しておけばこれまた簡単にファイルがやりとり出来るようになる。ということは知っていたが、今やっと試してみたという次第。携帯同士の赤外線通信みたいな感じだが、試したことのない機能がMacOSX10.5には、まだまだけっこうあるのであった。


僕のところにはもう春が来てしまったようで、とにかく眠い。
起きてしばらくすると眠くなり、食事をすると眠くなり、じっとしていると眠くなり、フィットネスで歩いたり走ったりして間にも眠くなり、仕事をしていると眠くなり、もうとにかく、どういう過ごし方をしていても眠くなる。


本日の日経平均は大幅安の定期便だった。
午前中は狭いレンジでモミモミし、午後から一気に下げるというこのところ最も得意としているパターン。この一気にというのがミソで、もうこれで底を脱しただろうと思って買った連中が、狼狽売りしている図が目に浮かぶ。まだまだこの方式による資産収奪システムは終わらないと思うけどね。

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February 19, 2008

形あるものはいつか壊れる

というのは無常観の源にあるものだと思うが、そんな高邁な話ではなくて、ただ単に身近なものが次々に壊れていくという身辺雑記。

壊れたものの1。
少々前から、洗濯機が時々動かなくなり、今も大きな悲鳴やら呻き声を上げながら回っている。新しく買うしかないのだろうが、最近主流の洗濯機だと高価だから、いささか考えてしまう。従来タイプのであれば、離れのほうにつれあいの実家から運んできたのがあり、滅多に使うことはないので、とりあえずそれを移動して使うという手もある。

唸ったり悲鳴を上げている洗濯機は、つれあいが僕と一緒になったとき、友人から譲り受けたもので、最初からだいぶ使い込んではあったから、寿命が来てもまぁ順当というところか。

壊れたものの2。
まったく使えなくなったわけではないが、電動ポットを買い換えた。
ネジ止め用のプラスチックが劣化しぼろぼろになったため、蓋の内側が外れてしまった。注水の時、いちいち外したり元の位置に戻したりと、すこぶる面倒である。蓋だけ売っているのかどうか知らないが、面倒なので新しいのを通販で買った。明日届くはず。
この家に住むようになって、三個目の電動ポットで、どれも象印の似たようなタイプ。一個目は注水力が低下し、二個目は蓋から蒸気が漏れてすぐ湯が無くなるようになり、三個目は今書いた通り。特に、三個目は寿命が短かったから、もしかしたら象印ってダメかも? と思っていたりする。

そこで、今回買ったのはタイガー製。
デザインもVEとかいったロゴも象印と酷似して区別が付かないが、どっちが最初にデザインしたんだか。

壊れたほうのポットの蓋は、捨てる前に自分で修理してみようと思う。ダメになったのは、ネジ止め用のプラスチックの柱だけで、それに代わるものがあれば、あとは何の問題もないのだから。

壊れたものの3。
長年の花粉症で通年鼻が壊れてしまっているが、今年はどうだろう?
今のところ大丈夫だが、スギ花粉のメッカである専門学校方面に行った後がけっこう大変だったりするから、そろそろ気をつけないと。

しかし、考えてみれば、案外人間は壊れにくい。
電動ポットは2~3年しかもたなかった。家だって、建てて50年経てばボロボロである。しかし、ヒトはそう簡単には劣化しない。何でもヒトの細胞などがファジーに出来ているかららしい。臨機応変ということか。ガチガチにきっちり作られたものは、水が溢れても、川の形を変えながら進むことは出来ない。

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February 16, 2008

伝記映画、思い出すままに

ミュージシャンものだと、

「バード」(1988年)クリント・イーストウッド監督
言わずと知れたチャーリー・パーカーの実像に迫る映画。
さるサイトでは、バード役のフォレスト・ウィティカーがまるで本人が吹いているとしか思えない迫真の演技だったと描かれてあったが、僕にはそうは見えなかった。アテ振りなので、指がほんの一瞬だけ音の出に遅れる感じがあって、どうしてもそれが気になり、ドラマに集中できなかった。

「ビリー・ホリディ物語/奇妙な果実」(1973年) ダイアナ・ロス主演
未見。

「ランド・ミッドナイト」(1986年)デクスター・ゴードンが本人役で出演
どこまでが実話なのか知らないが、フランス人父娘の存在が大きく、本当は酒と麻薬と苦悩に満ちていたであろうゴードンの話にもかかわらず、ほのぼのとした映画だったという印象。演奏シーンは本人そのものなので文句なし。

とにかく、黒人ミュージシャンの伝記ものには、酒、麻薬はもちろん、差別や売春といった人生のネガティヴな要素が満載で、痛々しい映画になりがちである。
それに較べ、白人ミュージシャンの場合だと、

「グレン・ミラー物語」(1954年)ジェームス・スチュアート主演
小学生時代、姉に連れられて映画館で観た。制作年度からすると、リバイバル上映だったのだろう。
確か最後は飛行機事故で亡くなったという一行コメントで終わったと記憶しているが、十分に達成観があり、読後感(?)はとても良い。伝記としては、おそらく美化されているのだろう、夫婦愛も友情もたっぷり溢れていて、白人にとってはアメリカはとても豊かで満ち足りた社会なのだという印象が子供心にもたっぷり残る映画だった。

「ベニー・グッドマン物語」
(1955年)
「グレン・ミラー物語」同様、白人の物語。麻薬や売春といった苦悩とは無縁。
ベニー・グッドマンがあまり面白いキャラではないので、映画は退屈だったが、ライオネル・ハンプトンなど本物の一流ミュージシャンが客演していて、音楽は素晴らしかったという記憶がある。

「ドアーズ」
(1991年)オリバー・ストーン監督
ほぼ未見。(TV放送で観たような観ていないような)
ヴェトナム戦争後遺症もの? 白人社会も病んでいく。

他には、ケン・ラッセル監督の異色作「マーラー」(1974年)、「わが愛の譜 滝廉太郎物語」(1993年)、
音楽以外だと、カーク・ダグラス主演「炎の人ゴッホ」、ドナルド・サザーランド主演「ゴーギャンの夢」(1988年)、画家ロートレックを描いた「赤い風車」、等々を思い出したが、まだ色々と忘れているはずなので、思い出したら書き加えたい。

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February 13, 2008

市川崑監督

亡くなりましたね。
まだ生きてらっしゃったのかと思うほど長生きにもかかわらず、ついさっきまで現役だったというのがすごいなぁと思います。90歳を過ぎてなお現役の絵師だった北斎を思わせます。
以前、市川崑監督の助監督の経験ある方と親交があった時がありますが、その彼は職人肌の監督をとても尊敬しており、彼もまた職人的な筆致の小説家になりました。芸術家は一瞬に生きることが多く、その命が短かったりしますが、職人を自称する人は長生きでしぶといなと思いました。

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マンガ家人生最後から二番目の作品

マンガの仕事が週刊ダイヤモンドのヒトコマだけになって約一年近くが経とうとしている。あとの仕事は週一回の非常勤講師とマカロニアンモナイトの「週休六日のススメ」だけ。講師は休暇期間はヒマだし、アンモも月二回と半分になった。ヒトコマも僕本来のストーリーマンガから言えば、まぁ余技みたいな物で、携わる時間も短ければ、メインにしたい仕事からも外れている。

要するに、ものすごくヒマになったわけだが、この間も怠けてばかりの放電しっぱなしで、旅行へ行くわけでもなし、大して本を読むわけでもなし、およそ充電したとは言い難い。しかし、去年の今頃よりは少しはマンガを描きたくなったから、放電もしたが、少しは充電もしたのかもしれない。

というわけで、一応描こうと思っているマンガのプランはある。ある程度の長さが必要なハナシだ。が、掲載に漕ぎ着けるかどうかはまったく不明である。ともあれ、今後僕が描くマンガは、常にマンガ家人生最後から二番目の作品ということにしておく。最後の作品にならないようにという意味を込めて。

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義父の引っ越し

今日は、義父が長らく過ごした介護施設を退所し、また新たな施設に移るということで、昼前から夕方遅くまで、ほぼ半日のお付き合い。義父の引っ越し荷物は段ボール3個という簡素さだが、生存に関わることのすべては施設でやってくれるのだから、鍋釜冷蔵庫などの荷物は必要ないわけである。

荷物で必要なのは、メガネや衣類の他には日々の楽しみのためのもの。
ノートPCは持ち込みOKだというので、そのままベッド横に運ぶ。だが、ワンセグが受信できない。しかし、コンセントの所にアンテナ線もある。義父のノートPCにはTVキャプチャーボードが入っているので、それを利用すればワンセグよりもっと良い画像でTVが見られるはず。せめてTVくらい無いと寂しいからね。

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February 12, 2008

沖縄の暴行事件

日本が独立するまでは、こういう植民地犯罪が無くなるはずがない。60数年経っても尚唯々諾々と植民地政策に従う日本から、沖縄を国家として独立させてあげたいとあり得ないことを個人的には願うが、なんとかならんのかね、本当にもう。

日本の株だって、今は外資系ファンドが売りまくっている。
その尻馬に乗って、日本の少なくない個人投資家も空売りしまくって、刹那的な富を得ている。これは賭博と一緒だから投資ではない。勝ったほうが独り占めするだけだ。当然、日本の資産は外資を通して海外に流失していく。それを日本人も外資と一緒になってやっている。日本売りだ。他の大多数の日本人は無関心。そう、今回の沖縄の事件と同じように。まぁ可哀想に、と思う。それで終わり。

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February 11, 2008

伝記映画の難しさ

昨日の映画「Ray」についての補足。

何かの天才と称される人々は、たとえばその世界の天才ではあっても、人間としての天才ではないということだ。普通に欠点だらけなので、よく言えば人間的、映画のキャラとして言うと、凡庸。
それでも、何かしら本人が成長すればドラマ的には成功する。しかし、それもない。最初から最後までレイはほとんど同じレイのままだ。(一応、麻薬を断つシーンはあるが)。天才ミュージシャンとしては大きな業績を成したわけだが、映画の主人公としては、つまり人としての部分では何も成さない。いささかの自己犠牲の末に誰かを救うとか、そういうことをやるわけではない。それが現実であり、リアルといえばリアルなのだろう。だから、伝記映画は難しい。映画を観ることの目的とは、評伝を読むのとは違って、その人物についての知識を得たいだけではないからだ。

ただ、この映画では、母親との関わりが唯一ドラマティックに描かれている。最も映画的な部分だ。だが、インターネットの情報によると、まさに、この部分こそが実は事実とは違っているところらしい。

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February 10, 2008

映画「Ray」

昨日、BS11で「Ray」を放送。HDレコーダーに録画し、それを観た。
レイ・チャールズの実人生をドラマ化したものだが、主演のジェイミー・フォックスが本人に成りきっての演技に「よ~似てる」と感心。

ただ、実話ものなので、レイ・チャールズという人物をリアルに描けば描くほど、人として“クソ野郎”になってしまって、観客が彼をあまり好きではなくなるという矛盾を抱えた映画になっている。映画としてきちんと描けば描くほど、「あのレイ・チャールズ」という偶像は剥がれ落ちていく。伝記映画は、だから難しい。フィクションであれば計算して描けるようないわゆるヒューマンな感動を、実話のこの映画からは得ることを難しくしてしまうからだ。

実際、僕は伝記映画で成功しているものを観た記憶がほとんどない。おそらく、今書いたようなことが理由だろう。つまり、天才的な才能があったにせよ、主人公自体に主人公たる人としての器がないためである。そこに文学や哲学的な意味でのリアルな人間性を見るのは容易だが、ただそれだけのことだ。敬愛するレイ・チャールズが、あんなクソ野郎だったとはと観客はガッカリするのではなかろうか。もしくは、天才も自分とちっとも変わりないと思って安心するか。もっとも、こう書いたからといって、映画を貶しているわけではない。映画は良くできている。音楽はまさしくレイ・チャールズであり、全編に流れるそれは心地よい。

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広辞苑第六版とATOK

ATOK連携の「広辞苑第六版」が昨日届いた。Mac、Windows共に使える。この第六版は項目によっては図版が加えられており、更には鳥の泣き声なども収録されている。これがけっこう楽しい。

僕は古くからのパソコンユーザーなので、ATOK無しには過ごせない体質になっている。というのも、DOS時代、日本語を扱えるのは専用の日本語ROMを備えたNECのPC-98のみだった。その後、IBM系のAT互換機が日本語をROMではなく、ソフトウェア的に処理するようになったが、それでも日本語を扱うためのFEP(Front end processor)は別に用意する必要があった。パソコン通信者でありPC-98使いでもあった僕はATOKを必要とした。

更にDOSはGUIパソコンとして遙か前方を走るMacによく似たWindowsの時代へと進むのであるが、そこで初めてMS-IMEという日本語処理を行う機能がデフォルトで載ることになる。が、ATOKの使い勝手に慣れた者にすれば、MSのものはキーの割り当てが微妙に違っているばかりか、ATOKに較べたら、変換効率が甚だしく劣るものであった。今はMS-IMEも変換精度がかなり上がっているらしいが、僕は今も使い慣れたATOKを使い続けている。

一方、Macはといえば、日本人向けのOSを「漢字トーク」と呼び、「ことえり」という日本語処理機能を備えていた。が、これはもう「バカ」というしかない使えないものだった。ところが、幸いにしてMac版ATOKが発売されたため、それまでは、悪く言うと高価なお絵かきマシンに過ぎなかったMacが、文筆系職業の人にも使えるマシンになった。

というわけで、別に僕はATOKの回し者ではないが、遠い目をしながらPCに於ける日本語処理の歴史を振り返ってみた。(もしかした記憶違いがあるかも知れないが)

そういえば、僕が今使っているwillcomの端末W-ZERO3[es]にもATOKが搭載されている。それはいいとしても、回線速度の遅いのがwillcomの弱点。しかし、2009年秋に新世代のXG-PHSサーヴィスが始まれば、今の何十倍も速くなるはずである。willcomユーザーはあと2年近くの辛抱すれば、それこそ待ち望んだ本当のモバイルが実現する、はず。

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February 09, 2008

下駄箱の怪

今夕、雪がちらほら降る中を(まだ積もってはいない頃)、フィットネスクラブに行った。フロントで下駄箱とロッカーの鍵を受け取り、その鍵番号の下駄箱を開けると、なんとスニーカーが入っている。状況が飲み込めないので、靴を持ったままロッカールームへと進み、同じ番号のロッカーを開けると、こちらは空であった。

とりあえずフロントに戻り、「下駄箱に靴が入ってますけど」と告げると、「靴が入ってましたか」と言って、別のロッカーの鍵に交換してくれた。

なんだか不条理劇っぽい展開で、僕などはわくわくしてしまうのだが、いったい下駄箱の靴の持ち主は、靴も履かず、どうやって帰ったのか、それが謎である。

まさか雪の日に、裸足で帰ることはないから、たとえばフィットネス用の靴をそのまま履いて帰ったとか。あるいは、持参のスリッパか何かでそのまま帰った。それとも、クラブにある一時利用で使うサンダルを履いて帰った? いや、実は下駄箱を間違えて鍵を挿したら偶然開いてしまった、が、本人は番号を間違ったことに気がついていない、というようなことも。(実際、以前そういうことがあったらしい)

それはともかく、その後、雪が間断なく降り続け、すっかり積もってしまった。



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映画「アメリカン・ギャングスター」

昨日は二週間ぶりの非常勤講師の日だったが、帰路夕食を摂り、そのあとは映画鑑賞としゃれ込んだ。観たのはリドリー・スコット監督、ラッセル・クロウ、デンゼル・ワシントン競演による「アメリカン・ギャングスター」

上映時間157分という長い映画だったが、まったく退屈することなく、最後まで楽しめた。久しぶりに観るオトナの映画であった。なんせ、映画館では、Tバートンは別として(僕は彼のアダルトチルドレン的な悪意ある稚気が好きなので)、お子ちゃま映画ばかりを観せられてきたのだから尚更だ。

主演の二人がとてもいい。特にラッセル・クロウの醸し出すリアリティある存在感は、オトナの映画ファンをも映画を観た気にさせる。リドリー・スコット監督は、当初の「ブレードランナー」や「エイリアン」の頃のカルト的作風から、どんどん“普通”の監督になっていく感じがあるが、決してそれは否定されることでは無かろう。絵だけが上手い監督ではなく、、きちんとドラマを描ける、出来不出来の少ない安定した技術を持った監督へと成長したと言えるからだ。などと知ったふうなことを言うのも、もう70歳の大監督には失礼な言いぐさなのではあるが。

ちなみに、麻薬という同じ題材を扱った映画では、ポパイ刑事の活躍する「フレンチ・コネクション」が断然面白く、ソダバーグ監督の「トラフィック」も地味な登場人物たちをリアリティ豊かに描いたオトナの映画だった。オトナの映画をもっと観たい!

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システムメンテナンスのお知らせ

システムメンテナンスのお知らせ

◇メンテナンス日時

 2008年2月13日(水)01:30~06:00の約4時間30分


だそうです。
このメンテナンス期間中は、書き込み不可の閲覧のみとなります。(たぶん)

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February 07, 2008

餃子の皮が売れているらしい

アホかと思う。
こういう即物的な現象を見ると、平和惚けも極まれりという印象だ。
毎日の食卓、手を抜くなよと言いたい。
餃子は自分で作ったほうが美味いに決まっている。僕はラーメン店で食べる餃子でさえ、あまり美味しいとは思わない。ひき肉をケチってるからだろう。だから、僕は昔から餃子が食べたくなったら自分で作っている。冷凍ものや出来合いの安価な餃子には、防腐剤や食品添加物はもちろん、具材にしても何が入っているかわかったもんじゃないという不信感もある。人間は個々でバラバラな状態では比較的小心な善人にとどまると思うが、一旦組織化すると、平気でエゴイスティックで排他的な行動をとる生き物だと僕は思っている。国家やある種の宗教がそうだ。しかも、組織が大きくなればなるほど、個々人の責任があいまいになっていく。役人などがその典型か。

と、まぁそういうわけで、餃子くらい自分で作って食べようよ、という話だ。意外と簡単だし。まぁ皮だけは市販品を買う。これは安全上、特に問題ないだろう。
僕の餃子は、まずは白菜とニラをみじん切りにして、豚ひき肉、塩、胡椒、ゴマ油、好みによって五香粉をひと振りして、粘りが出るくらいまで混ぜ合わせ、あとは皮に包んで焼くか、蒸すか、スープの具にするかお好み次第。我が家では何かとニンニクを多用するが、餃子には入れない。本場では入れないから、それを尊重している。白菜は生のままだと水が出過ぎる場合があるので、チンして絞って水気を切っておいたほうがいいかもしれない。

要は仕事の合間など、気分転換したいときに具を作って冷蔵庫に入れておけばいいのである。より労働の負担感が少なくてすむ。具が多すぎて残った場合、僕は卵焼きの具にしている。

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February 06, 2008

映画「スパルタカス」

昨日深夜BS11で放送したものを録画し、今観た。
昔、映画館で観たが、封切りではなくリバイバル公開の時かもしれない。どっちにしても、吹き替え無しのフルヴァージョンで観るのはその時以来。

撮影途中に急遽監督が変更になり、キューブリックが後を勤めたが、彼は自分の作品ではないとして、キャリアから外していることでも有名な作品である。確かに、キューブリックなら絶対に撮らないであろう、涙無くしては見られない愛と感動のヒューマニズム溢れるメロドラマではある。僕らが普通に知っているキューブリックの映画は、人間の悪意や皮肉に満ち、厭世的であり空虚感に溢れている。そうした決して人好きのしない世界観を、凜として秩序ある、この上なく美しい映像で隙間無く塗り固めたところに最大の特徴がある。だから、キューブリックの映画を観て、愛と感動を感じたり、涙を流したりすることなど考えられない。しかし、この「スパルタカス」では、たびたび感動して涙が溢れるのだから、いってみれば対極にある映画と言える。つまり、そのことだけからも、この映画が本質的にはキューブリックの映画ではなく、制作者兼主演であるカーク・ダグラスの映画だということがわかる。ただ、映像はキューブリックらしい凜とした映像美の片鱗が全編に散りばめられており、映画としての完成度は高い。もっとも、にわかローマ通からすると史実とは、ところどころ違うようである。が、まぁ、そこは娯楽映画である。面白くするためなら何でもやるハリウッド的ウソだと思って大目に見るのがオトナの態度であろうか。

(続ける)

そのにわかローマ通にとってのネタ本である塩野七生著「ローマ人の物語」(新潮文庫)だが、新たに注文しておいた続きが今日届いた。「悪名高き皇帝たち」全4巻、「危機と克服」上中下巻、「賢帝の世紀」上中下3巻の計10冊。「パクス・ロマーナ」は、帝政ローマ初代皇帝アウグストゥスの、それまでに較べたら大いに地味な“物語”だったが、その中にもローマ帝国滅亡の萌芽が垣間見られて興味深かった。いわば、終わりの長い長い始まり。

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February 04, 2008

つい道楽に走ってしまう……

さぁ、今日こそネームを書こうかなと思って机の前に座ると、そこにガレージバンドが。いかんなぁと思いつつ、また録音した。先日「ジェシカ風」というのをアップしたが、その本家本元の「ジェシカ」(修正版) のさわりを演ってみた。

といっても、ラジオで覚えた僕の記憶の中のジェシカなので、メロディもコードもいい加減に弾いている(勝手にアレンジ! 相変わらず指がもたついてるけど、ま、いっかと)
オールマン・ブラザース・バンドのLPレコードは数枚持っていたが、何故かこの曲は入っていなかった。もっとも、今はiTunesストアで売っているので買おうと思えばすぐ買える。

というわけで、ああこの曲かと思った方は、本物のほうの素晴らしい演奏を是非聴いてください。

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枡掛け手相

僕の手は両掌とも枡掛け線の手相である。いわゆる「百握り」というらしいが、検索すると、たいてい天下取りの手相で、頑固一徹、浮き沈みが激しいといったことが書かれている。徳川家康とかイチロー選手などがそうらしい。僕は手相のことはまるでわからないので、はいそうでっか、ということにしておく。

ある時、日本に来て鍼灸師をやっている中国人男性に手相を見て貰う機会があったが、右手は他人に見せないようにと言われた。彼は日本語がまだほとんど喋れなかったため、その意味を詳しくは聞けなかったが、他人に見せなければ良い手相、見せたら悪い手相になるといったようなことらしい。だから、一応それを尊重して、僕の掌の写真は載せないでおく。

まぁ、僕は仕事に関してだけは多分頑固だと自分でも思う。要するに、興味の湧かない仕事を無理矢理しようとすると、ものすごい葛藤が生じて(極端に言うと死にたくなる)、まったく前に進まなくなるという不治の病があるからだ。だから、自分がしたいと思い、出来そうなことだけをやってきた。それも手相のせいだとすると、妙に納得してしまうのだが、僕に天下は取れそうもないし、もとよりその気も無い。ただ、浮き沈みだけはサラリーマンより遙かに激しい人生といったところなので、まあまあ当たっていると言えるのかも。


ついでに書くと、僕はロングスリーパーである。睡眠時間が短いと、とても辛い。だから、この面でも実はマンガ家に向かないと思ってきた。マンガ家は、原稿をアップするまでいかに不眠に耐えられるか、ということも才能の一つである。
ロングスリーパーは、芸術家とか研究家に多いらしい。芸術家のほうの例は忘れて思い出せないが、研究家だと、アインシュタインとかノーベル賞の小柴昌俊氏とか。どっちにしても、脳を酷使するタイプだ。性格で言うと、どちらかといえば内向的か。

逆に、短い睡眠で済むショートスリーパーの代表例がナポレオンであるように、政治家とか実業家、ビジネスマンにそういう人が多いようである。週刊ダイヤモンドの誌面を賑わすような人々だ。要するに、実際家であり、競争が好きでとにかく勝ちたいタイプかと思われる。性格で言えば、これはもう当然外向的だろう。

マンガ家は売れっ子になると、あまり眠ることが出来なくなる稼業なので、否応なくショートタイプになっていく人が多いと思うのだが、僕はどうしてもそうはならなかった。マンガは他の芸術に較べると、遙かにビジネスの側面が強いし、その傾向は近年ますます強まっているように思う。今やマンガの世界は、元々そうした政治家・実業家・ビジネスマン的体質を持ったショートスリーパー有利の時代になっているのではないかという気がする。ついでに言うと、ハリウッド映画はずっと昔から、プロデューサー始めそっちのタイプが支配的な世界だろう。

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毒入りギョーザはいやがらせ?

連日話題の毒入りギョーザだが、この分析については、しばしばリンクしているここの『「中国の毒入りギョーザ」(2月3日付け)について』が面白い、というか僕も同感である。

アメリカの大統領は、その結果はともかく、戦争をしてでも自国民の財産・利益(土地や株式や債権など)を最大限守ろうとする。

日本の政府もまた、アメリカの機嫌を損なわないようにすることだけに多くのエネルギーを投じている。その反動なのか、自国民については冷淡である。日本の多くの家庭に見られるように、そとづらは良いが、身内をないがしろにする傾向がある。

中国政府はどうだか知らないが、まぁ外から見ていると、国民の命は安く、あまり国民思いとは思えない。

さて、昨日は節分。季節が冬から春に移る節目である。暦の上だけでなく、実際今日は暖かい。朝遅く起きたせいもあるが、暖房要らずである。このまま早く暖かくなれと願わずにはいられないが、その分早く歳を取ることにもなる。満開の桜をあと何回見られるだろうと考えるようになったのは、50歳を過ぎたあたりからである。100歳生きる人で、100回桜を見る機会がある。多いと思うか少ないと思うかは人それぞれだと思うが、僕は100歳生きてもたったそれだけかと感じた。その時、僕はまさに人生には限りがあることを意識し始めたわけだ。週刊ダイヤモンド誌で、僕はサンタクロースと桜の下の花見だけは、毎年欠かさずネタにしてヒトコマを描いているが、その度にそのことを意識する。

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February 02, 2008

そういえば

先日ちょこっとアップした「お粗末ボサノヴァ」は言わずと知れた故カルロス・ジョビンさんの超~有名曲だが、よく考えてみれば(いや、そんなに考えずとも)、著作権に抵触しているといえばいえる。ファイルを削除せよと言われて拒否できるような法的な根拠は何一つあるまい。まさにYouTubeがその問題を抱えている。

もちろん著作権は大事な権利で、僕もその恩恵を受けている人間の一人であるから、こういうことをしてはマズイのかなぁという気はするのだが、僕はちゃんと故ジョビンさんの収入に繋がる楽譜を買い、それを元にちょこっと演奏しているだけで、別に楽譜のコピーを垂れ流しているわけでもないから何の問題もないようにも思う。著作権の考え方は難しい。

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February 01, 2008

南風が恋しい〜

というわけで、そういう音楽をガレージバンドで録音してみた。
まぁ一応アドリブによる一発録りだけど、ネタはオールマン・ブラザース・バンドの「ジェシカ」ふう。相変わらず指が回らず、リズムがもたつくところはご愛敬ということで。

「southern_wind4.mp3」 ※1.5MBあるのでご注意。

なお、ドラムとパーカッションとベースはガレージバンドの音源をループ。

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