映画

2013/03/09

映画「警察日記」(1955年/日活)

先般、NHK-BSで放送していたのを途中からしか見てなかったので、ちゃんと見ようと録画をアタマから見る。

人情たっぷり、この時代の記憶がある人間にはノスタルジーも手伝って、涙無くしては見られない映画だ。警察沙汰になる事件は貧しさを原因とするものがほとんどのせいか、時代の健全さが漂う。犯罪は犯罪だが、現代の動機さえも結局ハッキリしない理解不能な犯罪に較べればという意味だ。

もちろん、この時代にも凶悪な事件があったし、強権による陰謀や冤罪なども多く生まれている。だが、下々の生活感覚としては、この映画ほどではないにしても、概ねこうした人情を基調とした健全さに包まれていたように思う。

こういう映画を見るたびに、近代日本が何を得て、何を失ってきたかがおぼろげながらに分かる。失って良かったものもたくさんあるし、得たものの中に現代人を悩ませているものもある。更には、縦割り行政の役所など、今も昔もまったく変わっていないものもある。

1955年といえば、たかだか50数年前である。が、その風景の劇的な変化に驚く。舗装されていない道路をボンネットバスが走る。犬も自由に歩いている。花嫁さんが花嫁衣装で身を包み、角隠しをして自宅からバスや列車に乗って嫁入りする。オート三輪車。川に掛かる木橋……。

こうした風景は、僕にも記憶があるものばかりだ。小学校時代の通学路の半分は未舗装道路だった。ボンネットバスはセルスターターが付いていなくて、クランクの棒を回して発動していたし、僕の上の姉は、まさしく婚礼衣装に身を包み、自宅からバス(タクシーだったかな?)に乗って嫁いでいった。犬は野良犬のみならず、飼い犬もフリーで道路を往来していたし、木橋は手摺りなど無かった。

過日twitterでも触れたが、子役・二木てるみの可愛さが際立っている。近頃の演技の達者な名子役たちと違うのはその存在感。二木てるみは、そこに写っているだけで既にドラマ性がある。子供が本質的に持っている、愛らしいがゆえの存在の危うさや哀しさを体現している。森繁久彌も当然ながらうまいし、東野英治郎も殿山泰二も杉村春子もなんというリアリティだろう。他にも若き日の三国連太郎、宍戸錠、岩崎加根子など名優がいっぱい。

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2013/03/03

「三鷹の森アニメフェスタ2013」

昨日はジブリ美術館主催「三鷹の森アニメフェスタ2013」(三鷹市芸術文化センター)に出向いて、古今のいろいろなアニメ映画を楽しませてもらった。プログラムは以下の通り。

第一部

「アニメーションからのメッセージ」

1.「ビーズ・ゲーム」/イシュ・パテル/1977年/5分/カナダ
2.「爆弾マニア」/ブジェチスラフ・ポヤル/1959年/10分/チェコ
3。「チコタン ぼくのおよめさん」/岡本忠成/1971年/11分/日本
4.「ジャンピング」/手塚治虫/1984年/7分/日本

         休憩 

5.「隣人」/ノーマン・マクラレン/1952年/8分/カナダ
6.「手」/イジー・トルンカ/1965年/19分/チェコ
7.「トゥ・リアン」/フレデリック・バック/1978年/11分/カナダ

 ※最後にもう一本サプライズ上映作品があります!
 (※「くもとちゅうりっぷ」/政岡憲三/1943年/16分/日本)

今回のテーマは「アニメーションからのメッセージ」とあるように、人間社会に対する皮肉や風刺に満ちた文明批評色の強い作品を集めたとのこと。だから、アニメ=子供向けと固定観念を持って見ると、ブラックだったり、悲観的且つ悲劇的なものばかりなので、情操教育にと思って子供連れで見に来た教育熱心なお母さんたちは、もしかしたらうろたえたかもしれない。

1は弱肉強食、2は破壊へ向かう狂気、3は交通戦争の悲劇と告発、4はやはり戦争の狂気、5はエスカレートしていく紛争、6は強権による圧迫、7は動物の進化がやがて戦争を生み……といったもので、ハッピーエンドらしいハッピーエンドはひとつもなく、心温まるとか癒されるとかいった作品ではない。ただ、「トゥ・リアン」は、惨禍を描いても、バック氏ならではの美しく、癒やしに満ちたアニメになっている。ラストも優しい。

子供たちに平和の大切さ、隣人への寛容、思いやりなどを逆説的に伝えたいという、ある意味非常に教科書的で啓蒙的なアニメだが、子供にはどうだろう。特に平和ボケといわれている今の時代の子供には。実際、僕の前に陣取った子供たちは退屈そうではあった。むしろ、子供よりは遙かにオトナ受けするアニメと言える。とはいえ、描かれた寓意や世界観にはやはり子供向けとしての図式的な単純さがあり、人間社会のリアルを多少とも知るオトナは、その単純さに物足りなさを覚えるかもしれない。

最後のサプライズ上映は上記の通りで、戦時中の作品であるにもかかわらず、戦意高揚色のまったくない童話作品で、しかも、めでたしめでたしのエンディング。蜘蛛の役回りが気の毒ではあるが、僕の前の子供たちは、この作品の時が一番静かに見ていた。

第二部は、細田守監督のアニメ作品「おおかみこどもと雨と雪」の上映と同監督の講演会(インタヴュー形式)。

というわけで、昨日は久々JR中央線の電車に乗っていったわけだが、考えてみると、中央線に乗ったのがやはりこの催しの時だからほぼ一年ぶりということになる。よくもまぁ電車に乗らないでも生きていられる人生なことか。

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2012/05/03

映画「テルマエ・ロマエ」

昨夜観てきた。

マンガっぽくて笑える。元がマンガだけど。
ただ、映画には映画の書式があり、小ネタっぽいウンチクを並べただけでは2時間(106分だそうな)を保たせるのは難しい。なので、映画にはマンガ原作にはないドラマが付け加わっている(らしい)。が、そのドラマが段取りっぽいというか、どうにも薄っぺらい。

ま、でも元々「濃い顔」の日本人が演じるローマ人である。色物というか、キワモノというか、それと小ネタっぽいウンチクを楽しむ映画なので、そんなドラマは実はどうでもいいのである。なきゃ延々コントの連続だけの締まりのない映画になってしまうので、仕方なくとってつけてあるだけの話だ(たぶん)。

映画のセットは豪華である。
HBO+BBCがTV映画「ローマ」を制作したときに作ったチネチッタのオープンセットを使っているらしく、古代ローマの雰囲気そのもの。その壮大なスケール感の中で小ネタが展開するというギャップが可笑しい。

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2012/04/03

映画「ウォッチメン」と「コラライン」

いずれもDVDによる二本立てを自宅の“映画館”で観る。
「ウォッチメン」は初見だが、アメリカ人特有の“風土病”的映画で(※)、なんだか全然想像していたものとは違っていた。「コラライン」は劇場の3Dに次いで二度目。

昨日、眠いままに確かめもせず、映画「ウォッチメン」のことを「ウォッチマン」と書いたが、いま訂正。「マン」だとキン肉マンですね。

さて、その「ウォッチメン」について、アメリカ人特有の“風土病”的映画と書いたが、この映画を観ながら僕は、その昔図書館から借りて読んだ心理学者岸田秀氏の唯幻論からなる諸作、たとえば「ものぐさ精神分析」、特にアメリカ人の建国に関わるトラウマのくだりなどを思い出した。

アメリカ軍は日本に原爆を一度ならず二度までも落として、大量の非戦闘員の命を奪った。まさにホロコースト=戦争犯罪そのものだが、それは自由と民主主義・アメリカの正義とされ、異を唱えることは許されない。とりわけ被爆国日本に対し占領軍は、そのための洗脳を徹底して行い、それは未だに続いている。

その正義のイメージを具現化しているのが、アメコミに見られるようないかにもグラマラスなアメリカン・ヒーローたちだろうか。彼らは「悪」から仕掛けられた暴力に対し、「正義」を遂行する。より以上の暴力をもって。かつて先住民に対して行ってきたように。まずは非暴力的にライフラインを遮断し、生活が困難な状況に追い詰めておき、忍耐の緒が切れた相手が手を出してくれば、正当防衛のためのカウンターを打つというパターン。

それは「正義」であり、アメリカの行動原理となっている。自らの必ずしも美しくはない建国の歴史を否定するわけにはいかない故の「正義」という幻想。その幻想を無くせば、アメリカ人のアイデンティティは崩壊に繋がる。ゆえに、その行動原理による政治=戦争を繰り返す。イラクは記憶に新しいし、真珠湾~太平洋戦争もしかり、と。大雑把だが、そういったようなのが確か岸田秀氏の説だった。

この映画で、登場人物たちが核の恐怖に異様に怯えているが、それはかつて原爆を落として日本人を大量殺戮したことで、日本人がいつかまた自分たちに復讐の刃を向けてくるに違いない、自分たちなら必ずそうするはずだから、という被害妄想からくるのだろう。

ともあれ、ヒーローという存在を形而上的に描いた暗くて陰鬱なアクション映画で、面白みがあんまりよくわからなかった。途中寝てしまった。単に酒を飲んでいて眠かったせいもあるが、まぁ映画が退屈だったのも事実。

「コラライン」のほうは、動きや表情など、アニメとしての完成度が高い。子供向けだし、単純に楽しめる。

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2012/03/11

映画「ヒューゴの不思議な発明」(追記あり)

スコセッシが3Dファンタジー?

ってことで、興味津々、早速昨夜観てきた。
……が、個人的には…………catface
これから観る人、すみません。僕は期待はずれでした。

いや、僕が勝手に期待していたものとは違ってた、というほうが正確かな。つまり、映画の出来が悪いということではなくて。

それにしても、こういったレトロ系ファンタジー(?)映画の音楽って、必ずといっていいほど不協和音を多用したマイナー調のワルツが来るね。フレンチ風というのか、不思議な世界に連れて行ってくれそうな奇妙な旋律。

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2012/03/04

「三鷹の森アニメフェスタ2012」

昨日は、ジブリ美術館が主催する「三鷹の森アニメフェスタ2012」(三鷹市芸術文化センター)を拝見。第一部は「アニメーション古今東西 その9」として、同美術館が収蔵する短編アニメから「ちょっと不思議なアニメーション」7編(※)を、第二部は宮崎吾朗監督作品「コクリコ坂から」の上映と、同監督の講演会(インタヴュー形式)。

「コクリコ坂」は昨年既に映画館で観ているのでストーリーに追われることもなく、今回はキャラの動かし方やら背景画の細部などテクニカルな面をじっくりと見ることが出来た。宮崎吾朗監督の話も色んな意味でとても面白く、大いに楽しませてもらった。

僕の勝手な印象だが、どういうわけか、日本の著名なアニメ監督の話は“腰の引けた”ものが多い。つまり、後ろ向きの発言をする人ばかりなのである。大言壮語するような人に会ったためしがない。といっても、否定的な意味で書いているわけではない。同業者そのものではないが、近縁の仕事を長年やってきた者として共感を込めての表現なので、この「後ろ向き」には「良い意味で」というニュアンスが入っている。聞いていて「そう、わかるわかる、そうなんだよね」というところがある。痒いところに手が届く感じで、昨日も僕なんかはゲラゲラ笑ってしまった。

昨年同催しのゲストだった加藤久仁氏(「つみきのへや」の監督)の話がそうだったし、もう亡くなったが今敏氏はもっと徹底していた。今氏とは某賞の授賞式の時、控え室で待つ間に話をしたわけだが、この日はいわば晴れ舞台、バラ色とまではいかないまでも普通は晴れがましい気分のはずだと思うが、今氏の口から流ちょうに繰り出される言葉はすべてネガティヴでお先真っ暗なものばかり。表の賑わいとは裏腹に、そこまでアニメ業界は疲弊しているのかと、冷や水をバケツ三杯くらいぶっかけられたようで、つれあいと二人してしばらく体が凍ったままだった覚えがある。

あ、そういえば、実写のほうだが売れっ子映画監督の某氏も冷や水バケツ三杯な話をする人だったから、そうしたネガティヴ傾向はアニメ業界に限らないのだろう。性格的なものもあるだろうが、もしかしたらイージーに「夢」を語ろうとする門外漢のど素人を、きつく牽制するプロの意地みたいなものがあるのかもしれない。「そんな甘いもんじゃないよ」と。もっとも、宮崎五朗氏の場合はそういうんじゃなくて、宮崎駿という光が余りにも強すぎるために、そうした“引いた”感じになるのだろうと、勝手に想像してしまう。

 (※)第一部の7編は次の通り。

・「真夜中の舞踏会」/ウィルフレッド・ジャクソン/1934/9分/アメリカ
・「かかし」/ポール・グリモー/1943/9分/フランス
・「ポロンギター」/小野豪/1959/27分/日本
・「アマールカ 子羊を助けた日」/ヴァーツラフ・ベドジフ/1973/7分/チェコ
・「ふしぎなくすり」/岡本忠成/1965/15分/日本
・「雪だるま」/ヘルミーナ・ティールロヴァー/1966/9分/チェコ
・「イリュージョン?」/フレデリック・バック/1975/12分/カナダ

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2012/02/23

すべてが懐かしい……

いまNHK-BSで「にあんちゃん」(1959年/日活/今村昌平監督)を放送している。例の山田洋次が選ぶ日本映画100本のうちの一つ。芸術祭参加作品だし、九州の極貧の炭鉱が舞台だし、これはもう間違いなく小学校の視聴覚授業で観たはずである。が、まったく覚えていないから観ていないのだろう。子供の時に観た映画は、今も断片ながら何かしら覚えているから。

出演している人が、古いアルバムを見るようで懐かしい。

長門裕之、殿山泰司、小沢昭一、西村晃、北林谷栄、芦田伸介、松尾嘉代、穂積隆信、浜村純、二谷英明、吉行和子……

どの人が亡くなって、どの人がお元気なのか調べないとわからないが(ATOKで一発変換しない人が多いのが時の移り変わりを物語る)、とにかくどの人も存在感がリアルで、見事にあの時代の顔をしている。俳優の演技も素晴らしい。人の良い殿山泰司とか在日朝鮮人役の北林谷栄とか小沢昭一とか(主人公たち兄弟も在日)、近所にああいう人がいたよなぁと思わせる。あの時代のちょっときれいなお嬢さんといえば、吉行和子みたいなパツパツな感じだったよなぁとか。映画の内容やストーリーよりも、そんなことばかりに関心が向かってしまうのは、きっと僕が歳を取った証拠なんだろう。

余談だが、若い頃の長門裕之は桑田佳祐とよく似ている。他人の空似ってやつだろう。のちに熟女ヌードで世を賑わした松尾嘉代はこの映画がデビュー作のようで、当時15、16歳のまさに乙女。

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2012/02/19

映画「ドラゴンタトゥーの女」

寒い国には連続猟奇殺人事件がよく似合う。
その奥にあるのは、キリスト教やレイシズム。
映画はハリウッド製だが、舞台はスウェーデン。ストックホルムから列車で4時間の、ある島。あらすじなどの詳細はネット上にいくらでも上がっているので、ここでは省略。

昨年公開の映画「ゴーストライター」とストーリーの構成がよく似ている。舞台が島であるところ、主人公が伝記を書くよう依頼されその島に赴くところ、殺人事件が絡んでいるところ、等々。もっといえば、このシチュエーションは金田一耕助シリーズとも通じるものがある。実は探偵ミステリーの黄金パターンなのだ。

ただ、この映画がそれらと決定的に違うのは、まさしくドラゴンタトゥーの女がもう一人の主人公であるところだろう。「金田一耕助」氏は無能だし(失礼)、「ゴーストライター」氏は迂闊だが、この「タトゥーの女」はパワフル且つ有能且つタフである。その上、パンクで無愛想で痩せっぽち。そのパワーとタフネスが、保護観察中の身分というような社会的弱者であるところにリンクしているところがユニークである。

スウェーデン製のミステリーと言えば、すぐに思い浮かべるのが「マルティン・ベック」シリーズ。シリーズ中最も有名な「笑う警官」(日本のそれとは別)はウォルター・マッソー主演で映画にもなっているが(「マシンガン・パニック」)、本国製のも確かあったはずだ。主人公のベック刑事はとても地味な、本当にどこにでもいそうな公務員。路線バス大量虐殺という異常な事件を捜査する傍ら、実に日常的な会話をする。それが生活というものだから。会話はもちろんスウェーデン語だが、TVで観たから吹き替えだったと思う。それでも、そうした淡々とした日常的な描写が、ダレ場をなるべく作らないようにするハリウッド製エンタメにない、いかにも本国製ならでは空気感を出していたように記憶している。

この「ドラゴンタトゥーの女」も、本国スウェーデン製で映画が作られているらしい。映画を2時間飽きさせずに面白く見せるという意味では、ハリウッドは断然高いノウハウを持っているが、どこを舞台にしても英語で喋るのが玉に瑕で、原作が書かれたその国特有の雰囲気となると、いまいち希薄になる。そういう意味でも、やはり本国製のものも観てみたい。

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2012/02/09

映画「煙突の見える場所」(BS3)

NHK-BSで放送していたので、つい最後まで見てしまった。
1953年の映画。戦後のまだ貧しい頃の話で、登場人物たちも戦争の影を色濃く引きずっている。風景やなんかは僕の子供時代の記憶そのままで懐かしい。

4本ある火力発電所の煙突が場所によっては3本になったり2本になったりするように、人間もその時々で色々に見えるといったようなテーマが、あの時代特有の貧しさを背景にリアルに描かれており、なかなか面白かった。上原謙、田中絹代、芥川比呂志、高峰秀子。高峰の若々しくきっぱりした感じ、日本人という生き物の遺伝子を強く感じさせる田中絹代、それぞれ見応えある。

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2012/01/19

映画「宇宙人ポール」の感想

そういえばまだ書いていなかったなぁと思って、今やっと書こうとしているのだが、こういうのは映画を観た直後に書いちゃわないと、なんだかどうでも良くなってしまうもんだね。仕事ならしょうがないから無理矢理にでも書くけど。

というわけで、以下、「最近のコメント」に書いたひと言感想を転載してお茶を濁しときます。

その後、「宇宙人ポール」を観ましたが、英国人らしい、アメリカ的なものやハリウッド映画へのシニカルなオマージュになっていました。笑えます。

余談その1。
主人公の一人が、「M.I.6 4ゴースト・プロトコル」にチームの一人として出演していた俳優ということに最後まで気が付かなかった。けっこう特徴のある顔だと思いながら観ていたのに。M.I.6 4の時と違って、ちょっと太めだったせいか?

余談その2。
映画の最後に流れるエンド・タイトルロールを眺めていたら、往年のハリウッド女優「スザンヌ・プレシェット」の名前がクレジットされている。この女優さんはエリザベステーラーの再来と言われた美人さんで、日本でも雑誌「スクリーン」のベスト10に入る人気女優だった。当時の常連はオードリー・ヘップバーンとかオリヴィア・ハッセー(布施明の元嫁)とか、クラウディア・カルディナ-レとか、ソフィア・ローレンとか……。美男俳優といえばアラン・ドロンの時代。

スザンヌさんは、映画「恋愛専科」でブレイクし、その映画で共演したトロイ・ドナヒューと結婚、しかし女優としては以降パッとした作品に恵まれなかったような気がする。そんな化石のような名前がなんでタイトルロールに?

「それらしい人がどこかに出ていたっけ? もしかして、あの愛犬を潰された少女の60年後のお婆さん?」

そうではなかった。
映画を観た後、帰宅してネットで調べたら、彼女はもう既に亡くなっている。更に調べると、TVシリーズの「インヴェーダー」に出演しているらしいので、インヴェーダー繋がりなのかな? と思ったが、よくわからない。

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